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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

少し脱線1 アスペルガーの私と苺

私が食べ物を買うとき。「皆の物」、「他人(家族含む)の物」、「私の物」という3つの基準で買います。

「皆の物」は、皆の物なので誰が食べてもOKです。「他人(家族含む)の物」は、誰かから「買って」と頼まれたもので、絶対に自分は食べません。例えば旦那から「この袋菓子を買って」と言われて買ったら、それは彼の物であり、それが自分の好きな物であったとしても食べたいとか食べようとか思わないのです。自分が食べるなら「私の物」という基準で、もう一つ買います。

私が食べるのは、「皆の物」か「私の物」という基準で買ったものだけ。

ちなみに「私の物」は私だけが食べる物であり、誰かと分けようとは全く思いません。はっきり言えば分けたくありません。何というか、自分の中に入られたような感じがして、すごく嫌です。なので、「他人の物」は食べないのだと思います。

夕飯の買い物を家族で行った際に、おいしそうな苺がありました。「私の物」という基準で買いました。

夕飯の後に、苺を出して食べようとしたら、息子ちゃんが「苺食べたい!」と言いました。よく考えれば当たり前ですよね。でも、全くの想定外です。何で皆の前で食べるんだと思われる方もいるでしょう。私の思考は自分の中で完結するので、自分が食べたい→夕食においしく食べている自分、で終わりです。苺を食べている時に、傍にいる人がどう思うかという発想が全く出ません。多分、私の思考には自分しか存在していないんです。もちろん、その場面に直面すれば理解できます。息子ちゃんが「苺食べたい!」と言った時には、しまったとは思いました。

さらに、この苺は「私の物」という基準で買った物です。息子ちゃんとはいえ、分けるのは本当は嫌で、葛藤しました。いや、葛藤すること自体が母親として問題有だとは思います。でも、何か嫌なんですよね。そうは言っても、一応母親。自分を殺して、半分を息子ちゃんにあげました。すると、旦那が「俺のは?」と言い出しました。思わず「はー?」と声を出してしまいました。三等分するというのは私の中でも受け入れられないことだったのです。・・・とはいえ、旦那の非難の眼差しに打ち勝てず、三等分はしました。もうこの時に私はずたぼろです。

自分が欲しいと思って買った食べ物は、「私の物」であり、本当に分けるのが嫌なんです。自分の中を踏み散らかされたような気分になります。

その後、またおいしそうな苺があり、「食べたい」と思い買おうとしました。でも、前回の失敗を思い出し、「皆の物」と自分を思い込ませて買いました。なので、ちゃんと3人で分けましたよ。でも、やっぱり何か嫌だったんです。やっぱりそれは、「私の物」だったからです。一度「私の物」と思ってしまったら、中々「皆の物」とすり替えができなくなります。

そしてついこの間、またおいしそうな苺がありました。「私の物」と思ってしまっている自分に気付いたので、2パック買いました。なので、三等分しても気分はとても良く。これからは2パック買えばいいんだ、と思いました。

でもその後、息子ちゃんと旦那の行動で悩むことになります。

息子ちゃんは、「いつもお父さんが少ないから、今日はお父さんに多くあげようね」と言って、私・息子ちゃん6個、旦那が7個と皿にそれぞれ分けました。・・・さっきは三等分と言いましたが、旦那にはいつも少なめに分けていました。でも、息子ちゃんとは同じに分けます。たまに多くあげます。本当は一番多く食べたいとは思っていますが・・・。だって「私の物」ですから。しかし、子供ってよく見てますね。ちょっと後ろめたい気分にはなりました。

その日は、旦那が仕事で遅かったので、私と息子ちゃんとでまずは苺を食べました。息子ちゃんが寝た後に旦那が帰ってきて、「息子ちゃんが、お父さんには1個多くあげようって言って分けたんだよ」と教えてあげました。すると、旦那はえらく嬉しそうで、苺を3個残しました。次の日に息子ちゃんが食べるように。

私には思いもよらない行動でした。「私の物」と思ったものを、自分以外の人のために残すということは私にはできないというか、考えが及びません。しかも3個。私が万が一残す場合、さすがに1個では何なので、残すのは2個にすると思います。でも3個は絶対に残しません。それは、自信があります。旦那の思考はやっぱり理解ができません。いや、一般的に「良いこと」だとは分かりますよ。

次の日は旦那は出張でいなかったので、私から旦那が息子ちゃんのために苺を3個残していることを教えてあげました。息子ちゃんは大喜び。苺大好きですから。その後、旦那に電話をすることになり、息子ちゃんと旦那が何か話しています。よく話が見えなかったのですが、息子ちゃんが電話を切った後、悲しそうな顔をして「お父さんが帰ってくる頃には苺がくさっちゃうの?」と聞きました。どうやら、苺はお父さんが食べてと言ったようです。息子ちゃんは苺をお父さんにあげられなくて悲しそうにしていましたが、苺はおいしそうに食べていました。自分に残してくれた苺をまた残そうとする息子ちゃん・・・。

これって普通の感覚なんでしょうか?

全く分かりません。旦那は、息子ちゃんが喜ぶことが自分の喜びなので、息子ちゃんと喜ばせたくて苺を残したのでしょう。よく考えれば旦那の思考は分かりますが、自分が自発的にそう思えるようになるのにはまだまだ大きな道のりがある気がします。息子ちゃんは自発的というよりは、「良いこと」をすることに今は喜びを感じているところがあります。それはそれでいいことだとは思いますが。

分けてあげる。

当たり前なことなのに、躊躇してしまう自分がいます。もちろん、アフリカの子達が目の前にいたら、「私の物」でも全部分けてあげます。極悪非道の人間ではないですから。でも、それはもう「私の物」ではなくなるからなのかもしれません。

「私の物」を分けてあげる。

これは本当に大きな壁です。でも昔は、もっと酷かったです。これでも成長したんですよ。母の前で、自分が買ってきた果物とかケーキとか一人で食べてましたから。母も私が分けるという発想をしないことはよく理解していました。何度か「少し頂戴」と言われた事があった気もしますが、「これ私が買ってきたものだから」と、分けることはほとんど無かったように記憶しています。ケチとかではないんです。母が食べたいと言ったら、「母の分」をちゃんと買ってきます。分けられるようになっただけ、すごい成長です。

でも、成長すべきところがまだ多々残っていると感じた出来事でした。