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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

アスペルガーでも成長する1 暗黒の時代①

このブログを書こうと思ったのは、アスペルガーで悩んでいる人、自分の子がアスペルガーで悩んでいる人が、私の成長のきっかけを知って、何かヒントが見つかればと思ったからです。そうそう、自分(うちの子)もそうだったと共感してもらってもいいし、自分(うちの子)はこんなに酷くなかったと比較してもらってもいいです。アスペルガーと言っても、症状は様々で、私はそれほど重症ではないのかもしれませんし、色々なきっかけのおかげで、かなり成長することができたと思っています。

ただ、一つ言えることは、成長するのは非常に時間がかかります。本当にびっくりするくらい、こんなことなのに?と思うほど理解するのに時間がかかります。

まず10のきっかけの最初のきっかけ。


1.小学2年生・・・自分のことを「変」と人が言っていることに気付く。


小学2年生でようやく他人が自分のことを「変わっているわね」と言っていることに気付いたんです。それまでは、他人の言葉は私の中には入ってきてなかったのです。右から左へと通りすぎて行っていただけでした。でも、他人が自分を「変わっている」と思っていることに気付くのは、翌年友達ができてからです。それまでは、「可愛いね」とか「優しいね」とかと同じように、「変わっているね」は子供に対して言う言葉なんだと思っていました。意味が無い言葉と思っていました。だから、「変わっているね」と言われても、何とも思いませんでしたし、特に反応もしませんでした。だからよけい「変わっている子」と思われていたんでしょうね。

私の幼少期が変だったなとつくづく思うのは、自分の息子ちゃんを見ている時です。「お母さん、大好き」とべたべたしてきます。私は・・・母親にべたべたした記憶がありません。妹がいたせいかもしれませんが、まず「べたべたしたい」と思ったことが無かったように思います。母親に迷惑をかけた記憶がないというのは、母親に何かを求めたことが無いからです。そういう意味では、息子ちゃんはアスペルガーではないのかな?と思っています。

何よりも不思議なのが、小学校に入る前の記憶がほとんどないことです。多分、周りに興味が無かったからでしょう。記憶がある程度繋がって出てくるのが、小学校1年生くらいからです。

小学校一年生で覚えていることは、友達の家に遊びに行っていたこと。

こう言うと、普通の子だと思うかもしれませんが、当時の私は、「沢山の友達の家に行くこと」にこだわりを持っていて、誰構わずに遊びに行っていいかと聞いていました。「いいよ」と言ってくれた友達の家に遊びに行き、何をするかというとその家にあるマンガを読むだけです。そして、2回遊びに行くことはほとんどありませんでした。また、遊びに行った子達と、学校で遊んだ記憶もありません。ただ、自分のこだわりを満たしたいだけだったのです。家に遊びに行くことを断られた子の家にどうしても行きたくて、勝手にその子の後をついていったこともあります。怖がられましたが、確かに怖いですよね。

つづきは明日。