アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

"Strange"ではなく"Unique" ~ アスペルガーから見たアスペルガー

理系男子夫とのおかしな闘争1

まだまだアスペルガーの成長について書きたいことはありますが、ブログタイトルにあるのにずっとほっといている理系男子夫について今回は書きます。

「理系男子夫」と敢えて書いているとおり、「超」理系の旦那です。ドラマ「ガリレオ」の湯川教授みたいというのが一番分りやすいかも。もちろんあんなにかっこ良くはありません。最近はおなかぷっくりで、「ザ、おじさん」です。でもあのドラマは、「やっぱりうちの理系男子夫は変なんだ」と再確認できたのでとても良かったです。アスペルガーの「変」とは違いますが、かなり「変」なんです、うちの旦那。

湯川教授の口癖の一つに、「実に非論理的だ」がありますよね。うちの理系男子夫は、私と話しをしている時によく「論理的じゃない」と言いながら冷めた目を私に向けます。最初はカッチーンと来ていましたが、福山の湯川教授を見てから、許せるようになりました。「ガリレオ」は家庭を救ってくれました。確かに私の話が論理的じゃない時もありますが、うちの旦那は一つの出来事で色々な意味があるということが理解できないことが多いのです。

うちの理系男子夫にとって、答えは一つしかないのです。真実は一つしかない。そのとおりなのですが、世の中、そうじゃない時もありますよね。正しいことがまかり通らないときがある。アスペルガーの私にだって分ることが、うちの旦那には分らないのです。

「世間ていうのは、1+1が2にならないことがある」と私はよく言うのですが、理系男子夫は哀れみの目で私をみて、「大丈夫か?小学校で習わなかったのか?1+1が2だって。1+1が2以外になることは絶対にない」と諭すように言います。「もう一度小学校に行った方がいいんじゃないか?」まで言います。このやりとりを漫才じゃないですが、何回もやっています。数学じゃなくて「世間」って言っているんですが。。。まぁ、本当に世間知らずな人なのでしょうがないのかもしれません。

例えば、法律の解釈が複数あったり、古い短歌や詩といった文学作品にいくつかの解釈が存在していたりしますが、そういうのが理解できないというか嫌いなんです。答えは一つだけ、なので。

それと、会話は「起承転結で話せ」とよく言われます。でも「転」て会話にいつも必要なのだろうか?とそのたび思います。「今日こういうことがあって、こうなったんだよ」という話のどこに「転」を作ればいいのか。理系男子夫にとって、報告形式の会話は会話ではないらしいです。私は会話が下手という自覚はすっごくありますが、夫婦の会話で「転」を求められても。。。私の日常生活はそんなに起伏に飛んだものではありませんから。理系男子夫は確かに会話が上手で、いつも「転」があります。彼の人生は確かに起伏に飛んでいるので、「転」も必ずあるのでしょう。

理系男子夫は関西人ではないのですが、西の人間なので、西の人はそういう文化なのかと最初は思っていました。でも、旦那の家族を見ていると文化の違いではないと思います。私は東の端の人間なので、たまに文化の違いを感じますが。

そんな理系男子夫と私の家庭は、多分、他の家庭では起こりえない驚きとおかしさに満ち溢れており、ある意味退屈はしない毎日を送っています。

アスペルガーでも成長する6 ABCの会話:CじゃなくてB!①

10のきっかけその6・・・高校の友達から、「話が飛ぶ」と指摘され、今までなぜ会話が成り立たなかったかに気付く。
これは、本当に大きな出来事でした。自分が「変わっている」と思われていた最大の原因を、修正することができる大きなきっかけとなったからです。

小学校の頃に出会った杏ちゃんや梅ちゃんは、小学校からずっと今でも仲良く、「親友」と呼べる大事な友達です。でも、高校で出会った友達は、別の角度から私を大きく変えてくれました。類は類を呼ぶと言いますか、高校の友達は、杏ちゃんと梅ちゃんとは方向が全く違いますが、とても個性的な人達ばかりです。私は他人に興味がないのに、なぜか友達には恵まれていました。本当に、「変わっている」ということで面白い友を呼ぶことがあるのだと思います。

杏ちゃんや梅ちゃんは、真直ぐしか見えてない私の思考に枝道を作ってくれましたが、高校の友達は、私の思考の斜め右や後ろにも、論理的な思考が存在していることに気付かせてくれたのです。そして、そんな新たな思考の存在を知って、私はわくわくし、社会に興味を持ち始めました。私一人だけでは不十分だということが分ったからです。

高校に入ってわりとすぐに、そんな尊敬もしている友達の一人から、「いつも話が飛ぶよね」と指摘されました。私は最初、意味が理解できませんでした。だって、私は話の流れにそって受け答えしていると思っていましたので。でも、とても尊敬している友達だったので、その子が適当なことを言っているわけではないことも分っていました。それで、その時初めて自分の会話の流れを分析するということをしました。そして気付いたのです。私は、Aという話題の話から、Bという思考の展開を自分の中で勝手にして、自分の中だけでCという話の流れになり、そのCを話していたということを。

ただその時は、そうか、その友達はBの話を知らないから話が飛ぶと誤解したんだ、と思い、正確には理解はしていませんでしたが。「知らない」ではなくて、Bの話なんて、自分の中で勝手に思考を展開させているのだから、相手は分るはずがないんですけどね。その頃はまだ、A=Bだから、AからCを連想するのは普通、と思っていたのです。私の思考が先走りすぎることに気付いたのはもう少し先ですが、とりあえず、A=Bだと気付かない人もいるようだから、まずはBの話をした方がいいんだ、と思いました。そこで、Bの話を意識的にするようになってから、相手と会話ができるようになったのです。私にとって、それはとても不思議な結果でした。正直に言うと、こんなに会話の展開が遅くて、なんで皆飽きないんだろうと思っていました。でも、それが「会話」なんですよね。

その後も色々と壁にぶつかったりしましたが、最近は無意識でもBの話ができるようになりました。でも、たまにB’の話をしていることもあります。自分ではBの話をしていると思っているんですけどね。つい先日、旦那から容赦ない指摘を受けた2つの会話がありました。

休日に少し家から離れている大きな公園に行ったのですが、とてもよく晴れていて、気温もちょうどよく、絶好のピクニック日和でした。
旦那が公園についてすぐに、「すごい青空だね。晴れてよかったね」と言いました。
私は、「また来てもいいかもね」と返答したのですが、微妙な空気が流れた後、旦那が「今来たばっかりだけど?」と冷ややかな目で言いました。

この時の私は、「公園=日差しが降り注ぐ=身体がつかれる=だから公園は嫌い。でも、今日は天気がちょうどよくて気持ちいい。こんな日だったら『また来てもいいかも』」と思考が展開していました。ここで、「(公園て日差しで身体がつかれるからあまり好きじゃないけど【←これは言わなくていいかもですが、言っちゃいます】)、今日は天気がちょうどよくて気持ちいいね。」とか言っていれば、話は繋がるんですよね。「公園」という単語から色々と思考が展開してしまいます。

その後、急に天候が変化し、雷と豪雨になりました。ただ、ちょうど撤収しようかと思っていたところだったので、慌てて車に乗り込み家に帰ったのですが、家に着く頃には雨も止んで快晴になっていました。旦那が、「すごい雷と雨だったけど、すぐに止んだね」と言ったので、私は、「雷雨だからね」と答えました。旦那はムッとした声で「いや、だから、俺も雷と雨だって言っているじゃん」と言われました。私は、「だから、雷雨だから仕方ないでしょ」と再度言ったのですが、「言っている意味が分らない」と言われてしまいました。私の中では、雷雨=夕立=通り雨=すぐ止む、という思考が展開しており、次に「だって夕立みたいなものだから仕方ないじゃん」と言ったら、「それなら分かる。最初からそう言って」と言われました。

会話って難しいです。まだまだ勉強の日々です。

アスペルガーでも成長する5 空想の世界が元凶?②

私の自分の世界は、空想の世界でした。人によって「自分の世界」はそれぞれ違うと思います。ただ、共通しているのではと思われるのは、その「自分の世界」というのが自分の安全地帯であるということ。そこの留まることで、自分を守っていたのかもしれません。外の世界は、コミュニケーション能力が乏しいと針のむしろです。厳しい世界である上に、「普通」の思考ができない私には理解不能な事も多く、距離を保っている方が安心できました。

私は多分、「思考」することが好きだったのだと思います。その思考の一つの形が「空想の世界」だったのでしょう。様々な思考を展開させることのできる空想の世界は、本当に楽しく、自分が最も自由でいられる場所でした。思考を展開させることばかりやっていたので、「普通」の思考ができなくなっていたのと、「普通の思考」がどういうものなのかも分らなくなってしまっていました。思考が先走っているという状態です。それが、私の「変わっている」大きな部分となっていたのだと思います。

また、他人に興味を持てずにいました。今改めて考えてみると、他人と話をしていてもつまらなかったからなのだと思います。自分の興味が限定されているので、興味の無い話は全く興味が湧かず、話す気持ちも起きない。なので勝手に話を変えたり、さらに、私の話す内容は先走りすぎて頓珍漢に思えるものであり、相手は理解できず、会話のキャッチボールが成立しない。会話が展開していかないので、他人と話していても面白くない。自分の世界で自分の思考を展開させていく方が面白い。それでさらに他人に興味が無くなる。そうやって、自分の中へ自分の中へと入っていってしまったのだと思います。

元々私の興味は限定されていて、その中に「人間関係」は入っていませんでした。重要と全く思ってなかったんです。また、人間関係というのは本当に難しく、私には理解できないものでした。そのため遮断するという方法で、自分を安心させたのだと思います。自分が安心しないと、自分の中で混乱が起こるためです。私の周りには今はだいぶ狭くはなりましたが、透明な壁があり、その中にはたとえ母親でも入ってくることはありませんでした。そこが「自分の世界」です。「空想の世界」もその中に入っています。

「空想の世界」は、私に安心と思考を展開させる場を提供してくれましたが、その世界があまりに大きすぎて、他人どころか家族さえ私の中には入っていませんでした。家族は好きでした。でも興味が無かったんですね、多分。それは家族も感じていたのでしょう。妹が社会人になったばかりの頃、妹が私にこういいました。「会社ではお姉ちゃんはいないことになっているから、よろしく」と。私は、「まぁ別にいいけど、何で?」と思いました。妹は可愛いのですが、私は地味でダサい感じだったので、自慢できる姉ではないからかな、と今にしておもえば頓珍漢なことを考えていました。そういうことではないんですよね。ごめん、妹よ。確かに良い姉ではなかったと胸を張って言えます。害を与えたことは全くありませんが、妹の存在を忘れることはよくありました。それがどれほど酷いことなのか、今ならよく分ります。

私はまだたまに自分以外の存在を忘れることがあります。他の人がいても、自分の世界で一人になることがあるからです。だから、旦那にも家族と暮らしているのに一人暮らしをしているようだと言わるのです。

でも、そんな私の中にも唯一入ってこれる人がいます。息子ちゃんです。なぜなのか分らないのですが、息子ちゃんが私の中にずかずか入ってきても、私の安心は揺らがないのです。自分の母親さえも入れなかったのに。息子ちゃんの存在は、私を大きく変えました。

それと、旦那は私の自分の世界の境界線にいる感じです。こんな風に少しずつ自分の世界の壁が薄くなるとよいなと思っています。

本当に少しずつですが、成長しているのだと思います。

アスペルガーでも成長する5 空想の世界が元凶?①

10のきっかけその5・・・空想の世界を持っている人はあまりいないことに気付く。
脱線したり、忙しかったりして時間がかかりましたが、ようやくここまで来ました。実は一番書きたかったのは、次の「きっかけその6」なのです。でも、「きっかけその6」を話をするためには、この空想の世界の話をする必要があります。

アスペルガーがみんな、空想の世界を持っている訳ではないと思います。また、空想の世界を持っている人のすべてが、アスペルガー発達障害がある訳でもないと思います。しかし、私が極端に走った一番の原因は、この空想の世界だったと思っています。一番の原因ではあるとは思いますが、私は今でもこの空想の世界が大好きで、この世界が存在していてよかったとは思っています。この世界が無かったら私はどうなっていたか、全く想像ができません。

私の中に空想の世界ができたのはいつだったのか覚えていませんが、物心がついた頃には存在していました。そしてその世界が大きく変わったのは、小学校1年の頃です。その当時大好きだったマンガの設定が自分の空想の世界で広がっていき、自分だけの世界が出来ました。私の空想の世界では、「私」は存在しません。結構色々と細かい設定があり、主要な人物が何人かいます。その主要な人物の関係者がまた存在し、スピンオフみたいな話も展開したりしますが、基本はその主要な人物達が様々な問題を乗り越えて成長していく世界です。私はこの空想の世界で、現実の世界から離れて、全く別の人間になります。ハッピーエンドの話ばかりではないのですが、私はこの空想の世界が展開していくことで充実を感じていました。

実はこの空想の世界は現在進行中です。最近は本当にごくたまにとなりましたが、歩いている時、私はこの空想の世界の住人となります。空想の世界も時は進んでいくので、今では小学校1年の主要人物の4世代後の話になっています。ライフワークの小説を書いているような気分で、今でもこの世界を育てていきたいと思っています。沢山の人たちがこの世界では生きているのです。

私は中学の頃まで、私の空想の世界はかなり大きいとは思っていましたが、みんな空想の世界を持っているものと思っていました。しかし、ある友達に自分の空想の世界を話した時、その友達には私のような空想の世界が無いことを知り、愕然としました。実はそれまで、自分の空想の世界を他の人に話したことがありませんでした。杏ちゃんたちにさえ。隠そうとしていたわけではなく、自分の空想の世界はとても大切なものだったので、大事にしていたという感じです。私は「変わっている」と言われてはいましたし、記憶力が抜群にいいことで「何かおかしい」と感じてはいましたが、具体的に何が他の人と違っているのかがあまり理解できずにいました。でもこれは、明確な「違い」を見せ付けられた出来事でした。

小さい頃は多くの人たちは空想の世界を持っていたと思います。中学生の頃まで持っている人は少ないかもしれませんが。空想の世界を持つことは悪いことではないと思います。ただ、私の場合、空想の世界に居ついていました。現実の世界と空想の世界が分らなくなるという訳ではないのですが、現実の世界と空想の世界の両方が同じように存在していて、その2つの世界を行き来しているという感じでした。小学生の頃は1日の1/3くらい、中学生の頃でさえ1/5くらいは空想の世界にいました。

空想の世界を展開していたのなら、他の人の気持ちが想像できるだろうと思われるかもしれません。でも、空想の世界はあくまでも「空想」の世界なのです。

ちょっと前に、ある親戚から「昔から本をよく読んでいたから、こんなに立派になったのね」みたいなことを言われました。「こんなに立派」はリップサービスだとして、あまり人と遊ばず本ばかりしていたということを言いたかったのでしょう。でも、「昔から本を読んでいた」記憶が私にはあまりありません。だって、教科書ですら読んでいませんでしたから。母に「私って本読んでたっけ?」と聞いたら、「マンガ本だったけどね」と言われました。確かにマンガ本は小学校に入る前から読んでいた記憶があります。マンガをばかにしてはいけません。私のほとんどの知識はマンガから得たと言っても過言ではないくらい、色々な情報を与えてくれます。漢字や語彙も覚えられますし、自分の知らない知識も身につきます。それに、私の大好きなワンピースやスラムダンクは涙無しでは読めないくらいよい話で、人生の様々な教訓を教えてくれます。

つまり、現実では人とあまりコミュニケーションを取っていなかった私の人間関係の知識は、マンガ本やテレビの世界からのものでした。それはやはり偏っていて、現実と一致しないことも多いのです。さらに、空想の世界で色々な人たちの考えを想像していた私は、現実の人も勝手にこう思うだろうと想像して思い込んでしまいます。それで失敗したことが何度もあり、私の一番の問題点だと思っています。想像を勝手に先走らせない、今は肝に銘じているのですが、それが中々難しいのです。いつも一を聞くと十ではなく百くらいまで考えが走ってしまうのです。

また、空想の世界で充実を感じすぎていて、現実の世界が空虚に思え、現実の世界に興味を持てなかったからなのでしょう。私は、自分の世界(空想の世界)にだけ留まっていました。

つい先日、テレビで「長子、中間子、末っ子、1人っ子の違い」をやっていましたが、私は長子です。旦那は年下ですが、末っ子ということもあり、テレビで言っていたように「この家族を守ろう」という長子としての意識が私は強いところがあります。でも、私の行動は、「一人っ子」の行動にほぼ当てはまっていました。「一人っ子」の行動が悪いということではないのです。長子でありながら、「一人っ子」の行動ばかりしてしまう、ということが私の問題なのだと思います。実は旦那にもよく、一緒に住んでいるのに一人暮らしをしていると思っているだろうと言われます。自分の世界から中々抜け出せない、それはこの空想の世界が大きすぎたせいかもしれないと思っています。

少し脱線4 私とよく似た人に出会って

この記事を書いてからもちょっと気になっていて、読み直してみて自分の悪い点が出たと思うので書き直します。

私の悪い点とは、思考の先走りと思い込みと人の気持ちを正確に理解できないところ、です。

私はアスペルガーだと自覚していますが、私と似ていると言われて嫌な気持ちになる人もいると思うので、記事の内容を変えさせてください。私に似ているねと言われて喜ぶ人がいるかと考えたら・・・いないだろうと思いましたので。自分から私に似ていると言ってくれるならまだしも、私と似ていると私が勝手に思うのは、その人にはただの迷惑かもしれません。反省です。また、私は思い込みが強いので、本当は全然似ていないのに、勝手に似ていると思ったのかもしれません。こういったところが私の一番悪いところだと自覚していたのに、やってしまったと後悔です。

似ているかどうかは別として、その人と出会えたのが嬉しかったのです。何というかあったかい気持ちになりました。仲良くなりたい気持ちで一杯でしたが、それは余計なことだと理解しています。その人が、私と仲良くなりたいと思ってくれるのを待とうと思います。

でも「変わっている」といのは悪い意味ではないと思っています。それは「Unique」ということですから。

私は、このブログでも最初に書いていますが、アスペルガーであることは「Unique」であり、自信を持ってよいことだと思っています。一芸に秀でていることが多いですし。その一芸がうまく社会の中で回っていくと、社会でも成功というか自分が満足できる状況を作れたりします。コミュニケーションに問題があることがありますが、それも自分の事をよく理解していると改善していくことができます。

私は、アスペルガーであることで、問題に沢山出会いましたが、だからこそ得た幸せが多くあります。自分がアスペルガーでなければ、この幸せな状況は無かっただろうし、アスペルガーでよかったと今は思っています。なので、普通の人はアスペルガーかもと思われるなんて嫌だと思うだろうということに、書いている時は思考が及びませんでした。そういう普通の感覚が私には欠落していて、それが大きな問題なんですが、気付くことができたのは私が成長したからなんだと思います。日々成長です。

アスペルガーでも成長する4 テストで学年一番?②

10のきっかけその4・・・テストで学年一番を取り、自分が「変」ではないかと気付く。本題に戻ります。
私が中学校だった頃、「頭のいい子」がよく押しつけられた「アスペルガー」にとっては難題なこと。そう、「学級委員」です。

「頭のいい子」は何でもできると思われていたんですかね。しかし、「アスペルガー」が学級委員って、どんだけ辛いことか。

これも「アスペルガー」の特徴だと後で知りましたが、私は人の名前を覚えることが超苦手です。記憶力はすごく良いのですが、名前だけはなぜか頭に残りません。名前は一度聞いただけでは覚えられないし、1年間同じクラスの子でも覚えてない子が何人もというか十人以上いました。名前が覚えられない私はおかしいと気付いたのは、中学卒業してから。母の方がクラスの人の名前を知っていたので、驚愕でした。

自分から人に話しかけるのは苦手というか、どう話しかけたら良いかも分かりませんでしたし、クラスの意思の調整なんて、もっと分かりません。なんでこんなに自分の「超」苦手なことばかりの役割を押し付けられるのか、本当に嫌で仕方ありませんでした。学級委員は学期ごとだったので、とりあえずその学期が早く終わることだけを祈っていました。

1年も2年も学級委員を押し付けられ、もう我慢の限界が来ていた私は、3年で選らばれた時、反乱を起こします。選挙が終わった後、席を立ち上がり、「やりません」ときっぱりと断りました。当時、「頭のいい子」が押し付けられていたとはいえ、学級委員はそれなりに名誉職だったようで、私の学校で学級委員を断る人なんていませんでした。ある意味、前代未聞の状況だったようです。

中学校の記憶は、部活の記憶くらいしかないのですが、その場面だけはしっかりと覚えています。私は、担任の男性教師に廊下に連れて行かれました。担任の先生は、廊下の手摺をつかんで廊下の窓の外を見ながら、「まぁ、そんなこと言わず」と説得なのか何なのかわからい言葉を私にかけました。私は、どれだけ自分が学級委員に向いてないかを一生懸命説明した記憶があります。ただ、人の名前が覚えられないとか人の気持ちが分からないとかは、当時は理解していなかったので、「クラスをまとめるのは私には無理」といったようなありきたりのことを言ってました。担任の先生は私の話を聞き終えると、かなり長い時間黙って外を見続けていました。そして、「まぁ、そういうことで」と意味不明な言葉を私にかけ、教室に戻っていきました。・・・つまるところ、私の意見は問答無用で却下でした。良い先生だったとは思うのですが、体育会系的なところがあり、生徒に寄り添うと言うより、気力でガンバレというタイプではありました。いや、そういう問題じゃないんだよ、と今の私には反論できますが、当時の私にはそれ以上の抵抗は無理でした。

中学校の同窓会って、中学3年の学級委員が中心ですすめるもののようで、私が動かないため、長年同窓会がありませんでした。だからあの時私を学級委員にしなければよかったのに、と開き直っています。卒業して十数年以上たってから、自分がとりまとめをしてもよいかとの確認の連絡が誰かからあった気がします。実はその時初めて、「あ、私がとりまとめてないから同窓会が無かったんだ・・・」と理解しました。数年前から、誰かがまとめ役をかって出てくれたのか、定期的に同窓会があるようで、たまに連絡が来ます。ありがたいことです。今は、実家から遠い場所に住んでいるので、同窓会に出席したことはないですが、1回くらい行ってみようかなと最近思うようになりました。・・・ただ、中学3年のクラスのメンバーの名前を一人も覚えておらず、迷ってはいます。聞けば思い出す人も何人かはいると思います。顔を覚えている人も多分いると思います・・・多分。

私は、記憶力は抜群にいいです。今でも、仕事の事とかは結構昔の事でもほぼ覚えていて、周りに驚かれます。でも、今でもですが、傘は無くすのが当たり前、です。一度手から離れたら、記憶から全く無くなります。なので、なるべく手から離さないようにしているのですが、コンビニでお金を払ったり、書き物をしたりするために、ちょっと傘を置いてしまうともう終わりです。小学・中学のときは、自転車の鍵もしょっちゅうなくしていました。何十回失くしたか覚えていません。必ず置いた場所を忘れまうのです。よく忘れるから、絶対覚えていようと思って置くのに、忘れるのです。これは多分、私の心の奥底で、「重要ではない」と思っているからなのだと思います。

私が中学の時、自分が「アスペルガー」だと分かっていたら、何か変わっただろうか、と考えてみました。多分あまり変わらかっただろうと思います。なぜなら、当時の私が自分が「アスペルガー」だと分かったとしても、「自覚」はできなかっただろうと思うからです。だって、自分が「変わっている」ということさえあまり理解できていませんでしたから。そして、「変わっている」ことが「生きにくくなる」ということなど、理解できるはずがなかったと思います。色々な人と出会い、色々な失敗をして、色々な経験をしたからこそ、自分は成長する必要がある、と理解できたのです。

アスペルガー」の成長は、本当にゆっくりだと思います。周りの人達は、根気よく見守って欲しいなと、わがままだとは思いますが切に思います。でも、遅くても一歩一歩間違いなく進んでいるんです。

最近は、小さい頃に療育をすることで、「アスペルガー」の特異性が目立たなくなるようですね。私も自分の子が「アスペルガー」ではないかと思ったら、療育をすると思います。生きづらいとか周りから距離をおかれるとか、私も色々ありましたが、そんな思いをさせない方がいいに決まっています。ただ、ちょっと心配なことがあります。私は今、意識的に「普通」と思われる思考や行動をして、それが段々意識的ではなく自然にできるようにはなってきました。でもやっぱり何か無理しているんです。私は、自分が何を無理しているかは理解しているのでよいのですが、療育で特異性が目立たなくなった子達は、自分の中で葛藤しているのではないかと少し心配です。そうでないならいいのですが。特異性が目立たなくなった子達でも、自分が「アスペルガー」だと自覚するのは大事なんだと思います。

少し脱線3 アスペルガーの私と分析官アビー

閑話休題しようと思っていたのですが、内容を忘れそうなのでもう少し脱線します。

私は、アメリカの海外ドラマが大好きで結構見ています。その中でも特に好きなのが「NCIS~ネイビー犯罪捜査班」。このドラマに出てくる登場人物は、全員が「unique」です。「unique」同士が絶妙に織りなす会話が秀逸で、私は大好きです。

私のこのドラマの中で一番大好きな登場人物が、「アビゲイル・シュート」というNCIS科学捜査分析官。通称「アビー」。彼女は、非常に優秀な分析官で、CSIだと数人が担当しているような分析を一人でやっています。指紋分析、血液分析、弾丸分析などなどあるゆる分析ができ、コンピューターを使った分析も超得意。とても現実にいるとは思えませんが、まさに「天才」です。一人で全部やりたいようで、助手がいません。美人さんで、表情はとってもキュート。歩き方も変わっていて、考え方は独特だけどユーモアもあり、愛すべきキャラクターです。

旦那もこのドラマが結構好きで、このドラマの特集があったので、二人で見ていました。私が合間にお風呂に入っあがってきたら、旦那が、「アビーが、歯ブラシを共有するよりパソコンのアカウントを共有する方が絶対嫌、って言ってたけど、歯ブラシの方が絶対に嫌に決まっているよね」と納得できないようで、私に同意を求めました。その場面を私は見逃してしまったのですが、私は一瞬寒気がしました。「アビー」は・・・私と似ている?と思ったからです。

アビーは、こだわりが強くて、集中力が尋常じゃなくて。分析という分野で傑出した才能があって、人が思いつかないような視点から証拠品を見ることができて。社交的に見えるけど、実は心を開く人は限られていて。ベットは外部から遮断したいのか棺おけ。彼女を形容するのに、「変わっている」という言葉は必ずついてきます。

もちろん、私はアビーほど極端でもないし、「天才」でもありません。彼女のようなユーモアもないし、美人でもないです。アビーは、本当に愛すべきキャラクターで、大くのファンがいます。美人でキュートということ以上に、アビーには「何か」があるのです。その「何か」に多くの人が惹きつけられます。それは私の持っていない「何か」です。

でも、彼女の「変わっている」要素のいくつもが私のそれとよく似ていて、アビーが歯ブラシの共有よりパソコンのアカウントの共有の方が嫌、という気持ちはとっってもわかるのです。そして色々彼女のキャラクター設定を考えると、アビーはアスペ的要素てんこ盛りのキャラクターなのではと気づきました。

なんで嫌なのか。パソコンの中身を見られたくないという単純な理由ではないと私は思います。他人がいじったところで、アビーの大事なデータを見つけることは不可能でしょうし、アビー自身もそれは心配さえしていないのではと思います。

では、なんで嫌なのか。パソコンは、彼女の一部になっているからなのでしょう。そのパソコンのアカウントを共有することは、その共有した相手が自分の中に入ってくるということ。歯ブラシの共有ももちろん嫌でしょうが、それ以上に自分を侵略された感じが強いのだと思います。

私は、パソコンがそこまで得意ではないので、「私の物」と認識しているパソコンはありませんが、電子機器のタブレットで同様の拒否反応をしたことがあります。タブレットには、私の大好きな画像を保管していて、とっても大事にしています。「私の物」です。でも誤解が無いように説明しておきますが、保管している画像は他人に見られても全然構わない画像です。他の人と一緒に見たりもしています。その画像を見せたくないというわけではないんですよ。しかも、画像を見るためだけに買ったタブレットなので、他のデータは全く入っていません。

旦那がゲーム用にタブレットを購入することになったのですが、環境動作を見たいから、私のタブレットを少し貸して欲しいと言われました。私と同じシリーズのタブレットを検討していて、でも、環境動作が悪かったら無駄になるから、試したいということでした。買ってしまって環境動作が悪かったら、別のタブレットを購入することになるので、かなりの無駄になりますし、一家の主婦としてはかなり悩みました。ほんのちょっとの変更で、ほんのちょっとの期間だけだと言われました。でも、でも、私のタブレットに私と関係のないソフトを入れること自体がどうしても受け入れられませんでした。色々考えましたが「やっぱり無理~!」と拒否。旦那は理解しがたい感じで「1週間程度で消すし」と言いましたが、「い、一週間?1、2時間程度ならなんとか我慢するけど、1週間なんて絶対に無理!」と断固拒否し、この話は無くなりました。今考えても、私にはぞっとする話なのですが、普通に考えてそこまで受け入れられないことではないような気もします。でも、アビーの話を聞いて、「多分同じ感覚!」と思いました。でも、旦那の様子を見ると、これって、普通の感覚ではないのですね。

アビーが「アスペルガー」の設定かどうかはわかりません。ただ、「unique」で「とっても変わっている」というところは、皆が納得するところだと思います。それと、とっても自己肯定感も高い。本当に、私と似ているところが多いのです。

アビーの愛すべきキャラクターは、アスペ要素ではない別の「何か」なのかもしれません。また、ドラマのキャラクターではあります。でも、アビーの存在は、アスペルガーの希望のように思えてならないのです。アスペルガーでよかったかも、とさえ思ってしまいます。