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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

少し脱線3 アスペルガーの私と分析官アビー

アスペ妻

閑話休題しようと思っていたのですが、内容を忘れそうなのでもう少し脱線します。

私は、アメリカの海外ドラマが大好きで結構見ています。その中でも特に好きなのが「NCIS~ネイビー犯罪捜査班」。このドラマに出てくる登場人物は、全員が「unique」です。「unique」同士が絶妙に織りなす会話が秀逸で、私は大好きです。

私のこのドラマの中で一番大好きな登場人物が、「アビゲイル・シュート」というNCIS科学捜査分析官。通称「アビー」。彼女は、非常に優秀な分析官で、CSIだと数人が担当しているような分析を一人でやっています。指紋分析、血液分析、弾丸分析などなどあるゆる分析ができ、コンピューターを使った分析も超得意。とても現実にいるとは思えませんが、まさに「天才」です。一人で全部やりたいようで、助手がいません。美人さんで、表情はとってもキュート。歩き方も変わっていて、考え方は独特だけどユーモアもあり、愛すべきキャラクターです。

旦那もこのドラマが結構好きで、このドラマの特集があったので、二人で見ていました。私が合間にお風呂に入っあがってきたら、旦那が、「アビーが、歯ブラシを共有するよりパソコンのアカウントを共有する方が絶対嫌、って言ってたけど、歯ブラシの方が絶対に嫌に決まっているよね」と納得できないようで、私に同意を求めました。その場面を私は見逃してしまったのですが、私は一瞬寒気がしました。「アビー」は・・・私と似ている?と思ったからです。

アビーは、こだわりが強くて、集中力が尋常じゃなくて。分析という分野で傑出した才能があって、人が思いつかないような視点から証拠品を見ることができて。社交的に見えるけど、実は心を開く人は限られていて。ベットは外部から遮断したいのか棺おけ。彼女を形容するのに、「変わっている」という言葉は必ずついてきます。

もちろん、私はアビーほど極端でもないし、「天才」でもありません。彼女のようなユーモアもないし、美人でもないです。アビーは、本当に愛すべきキャラクターで、大くのファンがいます。美人でキュートということ以上に、アビーには「何か」があるのです。その「何か」に多くの人が惹きつけられます。それは私の持っていない「何か」です。

でも、彼女の「変わっている」要素のいくつもが私のそれとよく似ていて、アビーが歯ブラシの共有よりパソコンのアカウントの共有の方が嫌、という気持ちはとっってもわかるのです。そして色々彼女のキャラクター設定を考えると、アビーはアスペ的要素てんこ盛りのキャラクターなのではと気づきました。

なんで嫌なのか。パソコンの中身を見られたくないという単純な理由ではないと私は思います。他人がいじったところで、アビーの大事なデータを見つけることは不可能でしょうし、アビー自身もそれは心配さえしていないのではと思います。

では、なんで嫌なのか。パソコンは、彼女の一部になっているからなのでしょう。そのパソコンのアカウントを共有することは、その共有した相手が自分の中に入ってくるということ。歯ブラシの共有ももちろん嫌でしょうが、それ以上に自分を侵略された感じが強いのだと思います。

私は、パソコンがそこまで得意ではないので、「私の物」と認識しているパソコンはありませんが、電子機器のタブレットで同様の拒否反応をしたことがあります。タブレットには、私の大好きな画像を保管していて、とっても大事にしています。「私の物」です。でも誤解が無いように説明しておきますが、保管している画像は他人に見られても全然構わない画像です。他の人と一緒に見たりもしています。その画像を見せたくないというわけではないんですよ。しかも、画像を見るためだけに買ったタブレットなので、他のデータは全く入っていません。

旦那がゲーム用にタブレットを購入することになったのですが、環境動作を見たいから、私のタブレットを少し貸して欲しいと言われました。私と同じシリーズのタブレットを検討していて、でも、環境動作が悪かったら無駄になるから、試したいということでした。買ってしまって環境動作が悪かったら、別のタブレットを購入することになるので、かなりの無駄になりますし、一家の主婦としてはかなり悩みました。ほんのちょっとの変更で、ほんのちょっとの期間だけだと言われました。でも、でも、私のタブレットに私と関係のないソフトを入れること自体がどうしても受け入れられませんでした。色々考えましたが「やっぱり無理~!」と拒否。旦那は理解しがたい感じで「1週間程度で消すし」と言いましたが、「い、一週間?1、2時間程度ならなんとか我慢するけど、1週間なんて絶対に無理!」と断固拒否し、この話は無くなりました。今考えても、私にはぞっとする話なのですが、普通に考えてそこまで受け入れられないことではないような気もします。でも、アビーの話を聞いて、「多分同じ感覚!」と思いました。でも、旦那の様子を見ると、これって、普通の感覚ではないのですね。

アビーが「アスペルガー」の設定かどうかはわかりません。ただ、「unique」で「とっても変わっている」というところは、皆が納得するところだと思います。それと、とっても自己肯定感も高い。本当に、私と似ているところが多いのです。

アビーの愛すべきキャラクターは、アスペ要素ではない別の「何か」なのかもしれません。また、ドラマのキャラクターではあります。でも、アビーの存在は、アスペルガーの希望のように思えてならないのです。アスペルガーでよかったかも、とさえ思ってしまいます。

少し脱線2 アスペルガーの私のこだわり(食べ物編)

アスペ妻

前回の補足を少し。私はけち臭いとか心が狭いとかではないんですよ(・・・多分)。一種の「こだわり」なんでしょうね。

私が、「私の物」と思って食べ物を買う時、苺なら苺という物も指定となりますが、量も指定となるのです。そしてそれは、指定された瞬間から、私の一部となるのです。実際、すぐ近い未来に私のお腹の中に入り、私の一部となりますので。

「私の物」を他の人に食べられるというのは、自分の一部が喪失した感覚なのです。私の中ではかなりのショックとなります。

実家に住んでいた頃は、母だろうと妹だろうと、「私の物」と思って買った食べ物を分けてあげるなんてことは考えもしませんでしたし、しませんでした。「沢山あるんだし頂戴」と言われても、「いやいや、これは私が買ってきたものだから」と分けることは完全拒否でしたね。

初めて、息子ちゃんがきらきらした目を私に向けて「頂戴」と言われた時は、はっきりと覚えていませんが、呆然としたのは覚えています。「駄目」という気持ちと、「分けてあげるべき」という気持ちがぐるぐる回って、答えが出ない状況でした。最終的には、自分の一部を差し出す気持ちで分けてあげました。まさに私の成長の瞬間!です。でも、半分は無理で3分の1くらいだったと思います。息子ちゃんが小さい時は、半分こにして食べる時でも大きい方を母親いくれる子でしたので、当時は貰えただけで喜んでいました。

そのうち段々と半分を分けてあげることができるようになりました。教育上、均等に半分こしないとよくありませんから仕方ありません。半分が無くなったという喪失感は残るのですが、それに堪えられるようになったという感じです。

でも、そこに旦那が乱入すると三等分になります。「私の物」の半分以上が喪失するのです。私の一部が半分以上無くなるなんて、もうアイデンティティの危機です。私の中は大混乱となります。

昔は、断固拒否したりもしていました。「これ、私が買ってきたものだから!」と。旦那からは、哀れみと非難の目を向けられて、「お前はなんで皆で一緒に食べようと思わないんだ」と言われ続けました。正直なところ、自分一人で味わって食べるのが一番好きなのです。自分一人で味わう方が、自分の一部となる感覚をしっかり感じられますから。

ただ、子供も成長するにつれ、私も大分成長しました。やっぱり「分けてあげる」ということは大事なことで、それができない自分は問題があるということを理解したのです。子供の教育上やっぱりよくありません。一応母親ですので。

ちょっと前から、自分のアイデンティティの危機を覚悟して、三等分するようになりました。心の中では「それは、私の一部なの~」と叫んでいますが。必死に堪えている状況です。・・・なので三等分でも、旦那の分は少し減らしていたのです。少しでも自分を保つために。

苺を2パック買った時の精神の安定から言うと、「私の物」と思った食べ物は多く買うことに今後はしようと思っています。私は、沢山食べたいとか一番多く食べたいとかではないんです。「私の物」と思った量分を食べたいだけです。

こればっかりは成長が難しいので、現実に合わせて方法を考えることで乗り切るのも、社会の中で生きていくためには重要なんだと思います。

少し脱線1 アスペルガーの私と苺

アスペ妻

私が食べ物を買うとき。「皆の物」、「他人(家族含む)の物」、「私の物」という3つの基準で買います。

「皆の物」は、皆の物なので誰が食べてもOKです。「他人(家族含む)の物」は、誰かから「買って」と頼まれたもので、絶対に自分は食べません。例えば旦那から「この袋菓子を買って」と言われて買ったら、それは彼の物であり、それが自分の好きな物であったとしても食べたいとか食べようとか思わないのです。自分が食べるなら「私の物」という基準で、もう一つ買います。

私が食べるのは、「皆の物」か「私の物」という基準で買ったものだけ。

ちなみに「私の物」は私だけが食べる物であり、誰かと分けようとは全く思いません。はっきり言えば分けたくありません。何というか、自分の中に入られたような感じがして、すごく嫌です。なので、「他人の物」は食べないのだと思います。

夕飯の買い物を家族で行った際に、おいしそうな苺がありました。「私の物」という基準で買いました。

夕飯の後に、苺を出して食べようとしたら、息子ちゃんが「苺食べたい!」と言いました。よく考えれば当たり前ですよね。でも、全くの想定外です。何で皆の前で食べるんだと思われる方もいるでしょう。私の思考は自分の中で完結するので、自分が食べたい→夕食においしく食べている自分、で終わりです。苺を食べている時に、傍にいる人がどう思うかという発想が全く出ません。多分、私の思考には自分しか存在していないんです。もちろん、その場面に直面すれば理解できます。息子ちゃんが「苺食べたい!」と言った時には、しまったとは思いました。

さらに、この苺は「私の物」という基準で買った物です。息子ちゃんとはいえ、分けるのは本当は嫌で、葛藤しました。いや、葛藤すること自体が母親として問題有だとは思います。でも、何か嫌なんですよね。そうは言っても、一応母親。自分を殺して、半分を息子ちゃんにあげました。すると、旦那が「俺のは?」と言い出しました。思わず「はー?」と声を出してしまいました。三等分するというのは私の中でも受け入れられないことだったのです。・・・とはいえ、旦那の非難の眼差しに打ち勝てず、三等分はしました。もうこの時に私はずたぼろです。

自分が欲しいと思って買った食べ物は、「私の物」であり、本当に分けるのが嫌なんです。自分の中を踏み散らかされたような気分になります。

その後、またおいしそうな苺があり、「食べたい」と思い買おうとしました。でも、前回の失敗を思い出し、「皆の物」と自分を思い込ませて買いました。なので、ちゃんと3人で分けましたよ。でも、やっぱり何か嫌だったんです。やっぱりそれは、「私の物」だったからです。一度「私の物」と思ってしまったら、中々「皆の物」とすり替えができなくなります。

そしてついこの間、またおいしそうな苺がありました。「私の物」と思ってしまっている自分に気付いたので、2パック買いました。なので、三等分しても気分はとても良く。これからは2パック買えばいいんだ、と思いました。

でもその後、息子ちゃんと旦那の行動で悩むことになります。

息子ちゃんは、「いつもお父さんが少ないから、今日はお父さんに多くあげようね」と言って、私・息子ちゃん6個、旦那が7個と皿にそれぞれ分けました。・・・さっきは三等分と言いましたが、旦那にはいつも少なめに分けていました。でも、息子ちゃんとは同じに分けます。たまに多くあげます。本当は一番多く食べたいとは思っていますが・・・。だって「私の物」ですから。しかし、子供ってよく見てますね。ちょっと後ろめたい気分にはなりました。

その日は、旦那が仕事で遅かったので、私と息子ちゃんとでまずは苺を食べました。息子ちゃんが寝た後に旦那が帰ってきて、「息子ちゃんが、お父さんには1個多くあげようって言って分けたんだよ」と教えてあげました。すると、旦那はえらく嬉しそうで、苺を3個残しました。次の日に息子ちゃんが食べるように。

私には思いもよらない行動でした。「私の物」と思ったものを、自分以外の人のために残すということは私にはできないというか、考えが及びません。しかも3個。私が万が一残す場合、さすがに1個では何なので、残すのは2個にすると思います。でも3個は絶対に残しません。それは、自信があります。旦那の思考はやっぱり理解ができません。いや、一般的に「良いこと」だとは分かりますよ。

次の日は旦那は出張でいなかったので、私から旦那が息子ちゃんのために苺を3個残していることを教えてあげました。息子ちゃんは大喜び。苺大好きですから。その後、旦那に電話をすることになり、息子ちゃんと旦那が何か話しています。よく話が見えなかったのですが、息子ちゃんが電話を切った後、悲しそうな顔をして「お父さんが帰ってくる頃には苺がくさっちゃうの?」と聞きました。どうやら、苺はお父さんが食べてと言ったようです。息子ちゃんは苺をお父さんにあげられなくて悲しそうにしていましたが、苺はおいしそうに食べていました。自分に残してくれた苺をまた残そうとする息子ちゃん・・・。

これって普通の感覚なんでしょうか?

全く分かりません。旦那は、息子ちゃんが喜ぶことが自分の喜びなので、息子ちゃんと喜ばせたくて苺を残したのでしょう。よく考えれば旦那の思考は分かりますが、自分が自発的にそう思えるようになるのにはまだまだ大きな道のりがある気がします。息子ちゃんは自発的というよりは、「良いこと」をすることに今は喜びを感じているところがあります。それはそれでいいことだとは思いますが。

分けてあげる。

当たり前なことなのに、躊躇してしまう自分がいます。もちろん、アフリカの子達が目の前にいたら、「私の物」でも全部分けてあげます。極悪非道の人間ではないですから。でも、それはもう「私の物」ではなくなるからなのかもしれません。

「私の物」を分けてあげる。

これは本当に大きな壁です。でも昔は、もっと酷かったです。これでも成長したんですよ。母の前で、自分が買ってきた果物とかケーキとか一人で食べてましたから。母も私が分けるという発想をしないことはよく理解していました。何度か「少し頂戴」と言われた事があった気もしますが、「これ私が買ってきたものだから」と、分けることはほとんど無かったように記憶しています。ケチとかではないんです。母が食べたいと言ったら、「母の分」をちゃんと買ってきます。分けられるようになっただけ、すごい成長です。

でも、成長すべきところがまだ多々残っていると感じた出来事でした。

アスペルガーでも成長する4 テストで学年一番?

アスペ妻

10のきっかけその4・・・テストで学年一番を取り、自分が「変」ではないかと気付く。

自分が変なのではと初めて気付いたのは、中学校最初の中間テストで学年1番を取った時です。

あの時の衝撃は今でも覚えています。今の中学校ではテストの結果って掲示されないのかもしれませんが、私の時代は廊下に掲示されていました。私の名前が一番最初に書かれているのを見て、廊下で呆然としました。この時初めて、私は何かおかしいのでは、と思いました。だってどう考えても一番を取れるはずがないんですから。そして、次の期末テストも一番。もうただ恐怖でしたね。

小学校の頃は、中の上ってくらいだったと思います。私の小学校は、テストがあると先生が教室から出て行くので、皆で見せ合いっこをして、全員が100点という感じでした。小学校ってそんなものと思っていましたが、息子ちゃんの小学校と比べると、ものすごーくゆるい小学校だったんだと思います。小学校って勉強するところという認識は全くありませんでしたから。

しかし、中学校はしっかりと授業があります。中学校に入ってからというもの、授業を聞くのが苦痛で苦痛で。当時は、授業中に歩き回る子も結構いたので、授業を聞けないことが変だとはあまり思いませんでした。私は歩かないだけいい方、みたいに思ってました。授業は一方的なので受け入れられなかったんでしょうね。授業を聞くのも苦痛だし、黒板をノートに写すのも苦痛だったので、ノートには漫画の模写を書いたり、そのうち自分の空想の世界を文字にするようになりました。

ただ、中学校から英語と数学の週2時間2回の塾に行くようになりました。個人塾だったのですが、教え方が上手で、この塾は結構好きでしたね。でも、宿題はせず、塾の始まる5分前に慌ててやるということを3年間繰り返し、5分で終わらせられたので、塾の先生からは呆れられながらもあまり注意されませんでした。

家では、予習どころか宿題もしません。宿題は学校の休み時間に慌ててやる感じでした。遊びに行ってない日は、テレビを見ているか漫画を読んでいるかのどっちかで。妹が遊んでとか勉強を教えてと来た時に、「テレビ見てない時か漫画読んでない時に言って」と言ったら、「そんな時ないでしょ」と怒って喧嘩になったほど、それしかしてませんでした。勉強をするのは、試験の1日前に、理科と社会の参考書を丸暗記するだけ。本当の一夜漬けです。英語と数学は塾での勉強だけ。国語は勘で乗り切る、なので一番成績が悪い。数学が得意で塾で伸びたのだと思います。暗記力は抜群に良く、一度読めば覚えられました。まさにアスペルガーの特徴ですね。暗記は短期記憶にしかならないと思っていたのですが、結構長期に覚えていたようで、中学校の3年間は、学年3番から落ちたことがありませんでした。

私の中学校は、市内では下の方の学区だったとはいえ、1学年400名弱いたんです。しかも、当時は年に数回は業者テストなるものがあって、市内の中学校が一斉にテストを受けるようになっており、市内の順番も分かるようになっていたのですが、授業を聞いていない私は学校のテストより実力テストの方が点数が伸びるので、市内でも上位にいたらしいです。いたらしい、というのは、その頃は自分の成績に興味が無く、周りがそう教えてくれて知ったという感じでした。

自慢のように聞こえるかもしれませんが、この勉強方法で一番とってもだたの恐怖です。さすがに、私は何かがおかしいのではと疑い始めました。地頭がいい人もいるとは思いますが、勉強していないのに成績が抜群にいいって、要注意ですよ。アスペルガーの特性がうまく働いている可能性もあります。自分がそうだったとか、うちの子がそうだとかいう方は、コミュニケーション能力がどうかをよく考えてみてください。私は明らかにコミュニケーション能力問題有でしたから。ただ、自分で完結するタイプだったので、「いい子」と思われる事も多かったですが、必ず「変わっているけど」が頭につきます。

でも不思議なことに、成績が良いと、周りは「変な子」から「頭のいい子」という認識に変わります。浮いてはいましたが、変にいじられる事は少なくなりました。いじめがゼロになったわけではないですけどね。

「頭がいい子」という周りの認識のせいで、中学校の間は、色々と問題を抱えることになるのですが、その話はまた今度。


※仕事が忙しくなり、久しぶりの更新です。ブログは辞めないですが、ぼちぼちのペースで更新していきます。たまに更新の間隔が長くなったら、仕事が忙しいのだと思ってください。

アスペルガーでも成長する3 「変」はいじめられるが友も呼ぶ②

アスペ妻

アスペルガーではないにしても、「変わっている」子って、少数ですが周りには一定数いるんです。そして、「普通」の子でも「変わっている」ことへ興味を持っている子もいたりします。自分の空想の世界ではみんなが自分を理解してくれるのに、外の世界ではほとんど誰も理解してくれない。何か話しても、きょとんとされてくすくすと笑われる。それが意味することが分からなかったので、悲しいとはあまり感じてなかったのですが、「違和感」は感じていました。そんな外の世界でしたが、自分を理解して受け入れてくれる人もいるんだと分かると、外の世界も悪くない、と思えてきたのです。そんな子達を上手に探すのが重要です。私は、非常にラッキーだったのかもしれせんね。

梅ちゃんは、理想的な「普通」の子でした。趣味は、パッチワーク、お菓子作り、紅茶。顔も美人さんなので、男の子からも好感度が高い。さらに、ファッションなどの最新情報に詳しくので会話に事欠くことがなく、女の子たちも集まってくるような子です。輪の中心にいるわけではないですが、グループの中に入れたいとみんなが思うような子でした。

彼女は、私にとって「衝撃」でした。私が持っていない物をすべて持っているからです。しかしその時は、「私が持っていないもの」=「普通」というところまで理解できていませんでした。梅ちゃんと遊べば遊ぶほど、新鮮な驚きがあって、遊ぶのが面白かったです。梅ちゃんは非常にできた子だったのでしょう。私が「変わっている」とは思っていたでしょうが、嫌な態度をすることはありませんでした。梅ちゃんも、私が自分にない物を持っているのが面白いと思ったようで、最初はそんなに積極的では無かったと思うのですが、段々遊ぶ回数が増えていきました。彼女は、いたって「普通」の子でしたが、その頃、「普通」ということに対し疑問を持ち始めていた時だったようです。

そして私の繋がりで、梅ちゃんは杏ちゃんとも出会います。杏ちゃんの存在は、梅ちゃんに、自分の信じていた事への疑問を与えたのだと思います。「普通」であることが一番という事への。

杏ちゃんは、アスペルガーというよりは、思想家・活動家のようなところがありました。実際、大学生の頃は色々な行動を起こしています。すべての物事に対して斜めに見るところがあり、同世代の子達が話さないような話題に興味を持ち、彼女なりの思想・意見を持っていました。これは、知的水準が高く、行動的だったご両親の影響だったのだと思います。

私は、勘違いや思い込みが強く、人の気持ちを察せないというアスペルガーの特徴も強かったのですが、興味のある事への知的欲求・水準は高いという特徴も強かったので、杏ちゃんの興味がある話題に別の角度での意見を提供していたようです。普通なら多分、会話が成り立たないところですが、杏ちゃんは、私の意図することを正解に理解してくれ、それが素晴らしいと思ってくれていました。アスペルガーって、確かに勘違いや思い込みが強いのですが、論理的ではないということではないと思います。少なくとも私は、物事に対して、自分なりの論理がありました。その論理を杏ちゃんは理解してくれていたのだと思います。

私と杏ちゃんとの会話は、クラスの子達がしているいわゆる「普通」の小学生の会話ではありませんでした。政治とか社会の矛盾とかそういった内容です。しかも、かなり偏った斜めな意見てんこ盛りの。私と杏ちゃんの会話は、梅ちゃんには衝撃だったのでしょう。梅ちゃんは、中学校になると、私には不可解な行動を始めます。その話は次回。

杏ちゃんと苺ちゃんとは、クラスが違っていましたが、月一、二回程度でしたが定期的に遊んでいました。何をして遊んでいたかというと、自分達で脚本を書いて、ラジオドラマを作っていたのです。それは、自分達の中にあるものを表現したいという欲求を満たしいるようでもありました。3人とも感じていたんです。クラスの中では、自分をうまく表現できないことを。杏ちゃんの思想や意見は、一般の小学生には理解できないことでしたし、苺ちゃんの興味のあることは一般の小学生には興味がないことだったので、クラスでも会話が出来る子が少なかったようです。私は、いじめもコミュニケーションの一つと勘違いしていたほど、人とのコミュニケーションを成り立たせるのが難しく、それはクラスの子達にも理解されていました。「変わっている」、それは、小学校の間ずっと、言われ続けていた言葉でしたが、自分の何が「変わっている」のかは、中学校に入るまで全く分かりませんでした。

アスペルガーでも成長する3 「変」はいじめられるが友も呼ぶ①

アスペ妻

小学10のきっかけその3・・・小学5年生の頃、「変」だと社会(外の世界)で通常どういう反応をされるかが分かってきました。

「変」とは「普通」じゃないこと。それは、苺ちゃんが教えてくれたので理解していました。しかし、「普通」が分からないので、「変」とは実際にどういうことなのかが分かってませんでした。

ただ、徐々に分かったのは、「変」な子はいじめの対象になりやすい、ということです。

小学5年生以前も、今思えば小さないじめはありました。例えば、靴がゴミ箱に入っているとか。でも、杏ちゃんや苺ちゃんも同様に小さないじめにあっていたので、あまり気になりませんでした。当時の私は、杏ちゃんと苺ちゃん以外あまり興味も無かった上、この二人が私の防波堤になってくれていたのかもしれません。杏ちゃんは、「こんなバカなことをして喜んでいる人の気持ちが分からない」と、小学3、4年生にしては大人びていている子供でしたし。

小学5年生になって、私は杏ちゃんと苺ちゃんと別々のクラスになります。後で当時の担任の先生が、私達3人は3人だけの世界を作っていたので、あえて引き離したと話してくれました。

それがいい結果になったのかどうかは、本当のところ未だに分かりません。私は、外の世界で一人となり、「いじめ」と「偏見」に対して孤軍奮闘する必要がありました。大人の世界でもそうですが、「出る杭は打たれる」です。飛び出ている訳ではないにしても普通とは別の方向に出ている杭の私は、恰好の的でした。

机にいたずら書きされる。
グループを作る時、どこのグループも私を入れたがらない。
私が触ったものは「汚い」ので、触りたくないと大声で言われる。

他にも色々あった気がしますが、忘れてしまいました。今思うと、結構ないじめをだったと思います。ただ、物事を理解するのに時間がかかる私は、当時はいじめられていたとはあまり思っていませんでした。それは、外の世界のコミュニケーションの一つなのだろうと理解していのです。しかし、やはり少しは嫌だなと思うこともありました。

そして徐々に、そういうコミュニケーションをされるのは私以外あまりいないことにさすがに気付きます。同じクラスの子達の多くから、私は「変」「変」とからかわれていたので、「変」だからみんなそういうコミュニケーションを取るんだ、ということは分かってきました。

でも私は、「普通」に生活しているだけでした。何で皆が自分を「普通」じゃないと言っているのか、本当に分かりませんでした。杏ちゃんは、「普通」ではなく「変」であるべき、と本気で思っていましたが、当時の私は「変」になろうと思っていませんでした。だって、「変」が何かもよく分からなかったのですから。

ただ、私は悪いことはしていない自信はありました。つまり、「変」は悪いことではないのです。悪いことをしているわけではないのだから、気にする必要はない、と自分の中の結論になりました。ここら辺が自己肯定感が高いところなんでしょうね。

杏ちゃん達と別れて、周りの反応が直撃し、戸惑いはしましたが、あまり気にしていないといじめない友達もできるようになりました。そして、もう一人の親友と呼べる友達(これ以後梅ちゃん)と出会います。なんで仲良くなったのかあまり覚えていませんが、何となく遊ぶようになり、いつの間にかいつも遊ぶようになっていました。

梅ちゃんは、私や杏ちゃんとは別の意味でとっても変わっている子です。「普通」である自分がとても嫌いな子だったのです。

続きは、また明日。

アスペルガーでも成長する2 変なあなたが好き!

アスペ妻

10のきっかけその2・・・小学校3年で、「変」とまわりが"思っている"ことに気付く。友達ができる。

変とまわりが思っていることに気付いたきっかけが、初めてできた親友と呼べる友達(これ以降杏ちゃん)です。杏ちゃんは、「変わっているあなたが大好き」とずかずかと私の中に入ってきました。私は自分の中に人が入ってくるのがとても嫌です。最初は少しの恐怖と戸惑いで、ちょっと距離をおいていました。しかし、杏ちゃんは、私と友達になると決めたから絶対に友達になる、という感じで毎日私に声をかけてきました。彼女も、まぁ、ちょっと変わった子でした。

そしてその時初めて、「変わっている」と思われているのは、私以外あまりいないことに気付きました。杏ちゃんが声をかけたのは、私と少し変わっていると言われていた苺ちゃんの二人だけだったからです。それで、私はまわりから「変」と思われているんだ、とようやく気付いたのです。

しかし私はここで、幸せな勘違いをします。「変わっている」ことはよいことなんだ、と。杏ちゃんは、「変わっている」ことは「普通」より素晴らしいこと、と本気で信じていました。


「変わっている」は、strangeではなくunique。「unique」なあなたは、素晴らしい。


そういわれ続けていると、unique(変わっている)というのは良いことなんだと思うようになりました。「変わっている」ことは悪いことではありません。ただ、「変わっている」ことで、いわゆる「普通」の人より困難に沢山ぶつかるのも真実です。私は、杏ちゃんのように、人は「普通」ではなく「変わっている」べきとまでは思いませんが、「unique」な部分を持つことは誰にとっても大事なことだとは今では思っています。

ただ、この時点で、自分が「変わっている」とは思っていません。また、「普通」が何なのかも分からないので、「変わっている」ということがどういうことなのかも分かりませんでした。

でも、杏ちゃんが自分を母より理解してくれているのはとてもよく分かり、自分の世界しか見えてなかった私は初めて、外の世界に目が向きました。自分を理解して受け入れてくれる人がいる、ということは、私に外の世界でも安心感を与えてくれたのです。母の名誉のために言っておきますが、母はいわゆる「普通」のとても優しい、素晴らしい母です。母は、ちゃんと私を受け入れてくれていましたが、私の不可解な行動や思考を理解することは難しかったようです。

杏ちゃんとの出会いで、つま先だけだった外の世界にようやく足首まで入ったと感じました。まだまだ自分だけの世界は大きく、そこから出ようなんて思いもしませんでしたが、外の世界に興味を持ち始めたのは間違いありません。杏ちゃんと苺ちゃんと遊ぶのはとても楽しく、とても安心できました。

でも、この頃の記憶は、杏ちゃんと苺ちゃんだけ。同じクラスの子さえ名前も顔も思い出せません。

しかし、それ以降、記憶はつながっていきます。杏ちゃんの存在は、私にとって大きな大きな一歩を踏み出させたのです。