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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

アスペルガーでも成長する4 テストで学年一番?②

10のきっかけその4・・・テストで学年一番を取り、自分が「変」ではないかと気付く。本題に戻ります。
私が中学校だった頃、「頭のいい子」がよく押しつけられた「アスペルガー」にとっては難題なこと。そう、「学級委員」です。

「頭のいい子」は何でもできると思われていたんですかね。しかし、「アスペルガー」が学級委員って、どんだけ辛いことか。

これも「アスペルガー」の特徴だと後で知りましたが、私は人の名前を覚えることが超苦手です。記憶力はすごく良いのですが、名前だけはなぜか頭に残りません。名前は一度聞いただけでは覚えられないし、1年間同じクラスの子でも覚えてない子が何人もというか十人以上いました。名前が覚えられない私はおかしいと気付いたのは、中学卒業してから。母の方がクラスの人の名前を知っていたので、驚愕でした。

自分から人に話しかけるのは苦手というか、どう話しかけたら良いかも分かりませんでしたし、クラスの意思の調整なんて、もっと分かりません。なんでこんなに自分の「超」苦手なことばかりの役割を押し付けられるのか、本当に嫌で仕方ありませんでした。学級委員は学期ごとだったので、とりあえずその学期が早く終わることだけを祈っていました。

1年も2年も学級委員を押し付けられ、もう我慢の限界が来ていた私は、3年で選らばれた時、反乱を起こします。選挙が終わった後、席を立ち上がり、「やりません」ときっぱりと断りました。当時、「頭のいい子」が押し付けられていたとはいえ、学級委員はそれなりに名誉職だったようで、私の学校で学級委員を断る人なんていませんでした。ある意味、前代未聞の状況だったようです。

中学校の記憶は、部活の記憶くらいしかないのですが、その場面だけはしっかりと覚えています。私は、担任の男性教師に廊下に連れて行かれました。担任の先生は、廊下の手摺をつかんで廊下の窓の外を見ながら、「まぁ、そんなこと言わず」と説得なのか何なのかわからい言葉を私にかけました。私は、どれだけ自分が学級委員に向いてないかを一生懸命説明した記憶があります。ただ、人の名前が覚えられないとか人の気持ちが分からないとかは、当時は理解していなかったので、「クラスをまとめるのは私には無理」といったようなありきたりのことを言ってました。担任の先生は私の話を聞き終えると、かなり長い時間黙って外を見続けていました。そして、「まぁ、そういうことで」と意味不明な言葉を私にかけ、教室に戻っていきました。・・・つまるところ、私の意見は問答無用で却下でした。良い先生だったとは思うのですが、体育会系的なところがあり、生徒に寄り添うと言うより、気力でガンバレというタイプではありました。いや、そういう問題じゃないんだよ、と今の私には反論できますが、当時の私にはそれ以上の抵抗は無理でした。

中学校の同窓会って、中学3年の学級委員が中心ですすめるもののようで、私が動かないため、長年同窓会がありませんでした。だからあの時私を学級委員にしなければよかったのに、と開き直っています。卒業して十数年以上たってから、自分がとりまとめをしてもよいかとの確認の連絡が誰かからあった気がします。実はその時初めて、「あ、私がとりまとめてないから同窓会が無かったんだ・・・」と理解しました。数年前から、誰かがまとめ役をかって出てくれたのか、定期的に同窓会があるようで、たまに連絡が来ます。ありがたいことです。今は、実家から遠い場所に住んでいるので、同窓会に出席したことはないですが、1回くらい行ってみようかなと最近思うようになりました。・・・ただ、中学3年のクラスのメンバーの名前を一人も覚えておらず、迷ってはいます。聞けば思い出す人も何人かはいると思います。顔を覚えている人も多分いると思います・・・多分。

私は、記憶力は抜群にいいです。今でも、仕事の事とかは結構昔の事でもほぼ覚えていて、周りに驚かれます。でも、今でもですが、傘は無くすのが当たり前、です。一度手から離れたら、記憶から全く無くなります。なので、なるべく手から離さないようにしているのですが、コンビニでお金を払ったり、書き物をしたりするために、ちょっと傘を置いてしまうともう終わりです。小学・中学のときは、自転車の鍵もしょっちゅうなくしていました。何十回失くしたか覚えていません。必ず置いた場所を忘れまうのです。よく忘れるから、絶対覚えていようと思って置くのに、忘れるのです。これは多分、私の心の奥底で、「重要ではない」と思っているからなのだと思います。

私が中学の時、自分が「アスペルガー」だと分かっていたら、何か変わっただろうか、と考えてみました。多分あまり変わらかっただろうと思います。なぜなら、当時の私が自分が「アスペルガー」だと分かったとしても、「自覚」はできなかっただろうと思うからです。だって、自分が「変わっている」ということさえあまり理解できていませんでしたから。そして、「変わっている」ことが「生きにくくなる」ということなど、理解できるはずがなかったと思います。色々な人と出会い、色々な失敗をして、色々な経験をしたからこそ、自分は成長する必要がある、と理解できたのです。

アスペルガー」の成長は、本当にゆっくりだと思います。周りの人達は、根気よく見守って欲しいなと、わがままだとは思いますが切に思います。でも、遅くても一歩一歩間違いなく進んでいるんです。

最近は、小さい頃に療育をすることで、「アスペルガー」の特異性が目立たなくなるようですね。私も自分の子が「アスペルガー」ではないかと思ったら、療育をすると思います。生きづらいとか周りから距離をおかれるとか、私も色々ありましたが、そんな思いをさせない方がいいに決まっています。ただ、ちょっと心配なことがあります。私は今、意識的に「普通」と思われる思考や行動をして、それが段々意識的ではなく自然にできるようにはなってきました。でもやっぱり何か無理しているんです。私は、自分が何を無理しているかは理解しているのでよいのですが、療育で特異性が目立たなくなった子達は、自分の中で葛藤しているのではないかと少し心配です。そうでないならいいのですが。特異性が目立たなくなった子達でも、自分が「アスペルガー」だと自覚するのは大事なんだと思います。