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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

少し脱線2 アスペルガーの私のこだわり(食べ物編)

アスペ妻

前回の補足を少し。私はけち臭いとか心が狭いとかではないんですよ(・・・多分)。一種の「こだわり」なんでしょうね。

私が、「私の物」と思って食べ物を買う時、苺なら苺という物も指定となりますが、量も指定となるのです。そしてそれは、指定された瞬間から、私の一部となるのです。実際、すぐ近い未来に私のお腹の中に入り、私の一部となりますので。

「私の物」を他の人に食べられるというのは、自分の一部が喪失した感覚なのです。私の中ではかなりのショックとなります。

実家に住んでいた頃は、母だろうと妹だろうと、「私の物」と思って買った食べ物を分けてあげるなんてことは考えもしませんでしたし、しませんでした。「沢山あるんだし頂戴」と言われても、「いやいや、これは私が買ってきたものだから」と分けることは完全拒否でしたね。

初めて、息子ちゃんがきらきらした目を私に向けて「頂戴」と言われた時は、はっきりと覚えていませんが、呆然としたのは覚えています。「駄目」という気持ちと、「分けてあげるべき」という気持ちがぐるぐる回って、答えが出ない状況でした。最終的には、自分の一部を差し出す気持ちで分けてあげました。まさに私の成長の瞬間!です。でも、半分は無理で3分の1くらいだったと思います。息子ちゃんが小さい時は、半分こにして食べる時でも大きい方を母親いくれる子でしたので、当時は貰えただけで喜んでいました。

そのうち段々と半分を分けてあげることができるようになりました。教育上、均等に半分こしないとよくありませんから仕方ありません。半分が無くなったという喪失感は残るのですが、それに堪えられるようになったという感じです。

でも、そこに旦那が乱入すると三等分になります。「私の物」の半分以上が喪失するのです。私の一部が半分以上無くなるなんて、もうアイデンティティの危機です。私の中は大混乱となります。

昔は、断固拒否したりもしていました。「これ、私が買ってきたものだから!」と。旦那からは、哀れみと非難の目を向けられて、「お前はなんで皆で一緒に食べようと思わないんだ」と言われ続けました。正直なところ、自分一人で味わって食べるのが一番好きなのです。自分一人で味わう方が、自分の一部となる感覚をしっかり感じられますから。

ただ、子供も成長するにつれ、私も大分成長しました。やっぱり「分けてあげる」ということは大事なことで、それができない自分は問題があるということを理解したのです。子供の教育上やっぱりよくありません。一応母親ですので。

ちょっと前から、自分のアイデンティティの危機を覚悟して、三等分するようになりました。心の中では「それは、私の一部なの~」と叫んでいますが。必死に堪えている状況です。・・・なので三等分でも、旦那の分は少し減らしていたのです。少しでも自分を保つために。

苺を2パック買った時の精神の安定から言うと、「私の物」と思った食べ物は多く買うことに今後はしようと思っています。私は、沢山食べたいとか一番多く食べたいとかではないんです。「私の物」と思った量分を食べたいだけです。

こればっかりは成長が難しいので、現実に合わせて方法を考えることで乗り切るのも、社会の中で生きていくためには重要なんだと思います。