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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

アスペルガーでも成長する4 テストで学年一番?

アスペ妻

10のきっかけその4・・・テストで学年一番を取り、自分が「変」ではないかと気付く。

自分が変なのではと初めて気付いたのは、中学校最初の中間テストで学年1番を取った時です。

あの時の衝撃は今でも覚えています。今の中学校ではテストの結果って掲示されないのかもしれませんが、私の時代は廊下に掲示されていました。私の名前が一番最初に書かれているのを見て、廊下で呆然としました。この時初めて、私は何かおかしいのでは、と思いました。だってどう考えても一番を取れるはずがないんですから。そして、次の期末テストも一番。もうただ恐怖でしたね。

小学校の頃は、中の上ってくらいだったと思います。私の小学校は、テストがあると先生が教室から出て行くので、皆で見せ合いっこをして、全員が100点という感じでした。小学校ってそんなものと思っていましたが、息子ちゃんの小学校と比べると、ものすごーくゆるい小学校だったんだと思います。小学校って勉強するところという認識は全くありませんでしたから。

しかし、中学校はしっかりと授業があります。中学校に入ってからというもの、授業を聞くのが苦痛で苦痛で。当時は、授業中に歩き回る子も結構いたので、授業を聞けないことが変だとはあまり思いませんでした。私は歩かないだけいい方、みたいに思ってました。授業は一方的なので受け入れられなかったんでしょうね。授業を聞くのも苦痛だし、黒板をノートに写すのも苦痛だったので、ノートには漫画の模写を書いたり、そのうち自分の空想の世界を文字にするようになりました。

ただ、中学校から英語と数学の週2時間2回の塾に行くようになりました。個人塾だったのですが、教え方が上手で、この塾は結構好きでしたね。でも、宿題はせず、塾の始まる5分前に慌ててやるということを3年間繰り返し、5分で終わらせられたので、塾の先生からは呆れられながらもあまり注意されませんでした。

家では、予習どころか宿題もしません。宿題は学校の休み時間に慌ててやる感じでした。遊びに行ってない日は、テレビを見ているか漫画を読んでいるかのどっちかで。妹が遊んでとか勉強を教えてと来た時に、「テレビ見てない時か漫画読んでない時に言って」と言ったら、「そんな時ないでしょ」と怒って喧嘩になったほど、それしかしてませんでした。勉強をするのは、試験の1日前に、理科と社会の参考書を丸暗記するだけ。本当の一夜漬けです。英語と数学は塾での勉強だけ。国語は勘で乗り切る、なので一番成績が悪い。数学が得意で塾で伸びたのだと思います。暗記力は抜群に良く、一度読めば覚えられました。まさにアスペルガーの特徴ですね。暗記は短期記憶にしかならないと思っていたのですが、結構長期に覚えていたようで、中学校の3年間は、学年3番から落ちたことがありませんでした。

私の中学校は、市内では下の方の学区だったとはいえ、1学年400名弱いたんです。しかも、当時は年に数回は業者テストなるものがあって、市内の中学校が一斉にテストを受けるようになっており、市内の順番も分かるようになっていたのですが、授業を聞いていない私は学校のテストより実力テストの方が点数が伸びるので、市内でも上位にいたらしいです。いたらしい、というのは、その頃は自分の成績に興味が無く、周りがそう教えてくれて知ったという感じでした。

自慢のように聞こえるかもしれませんが、この勉強方法で一番とってもだたの恐怖です。さすがに、私は何かがおかしいのではと疑い始めました。地頭がいい人もいるとは思いますが、勉強していないのに成績が抜群にいいって、要注意ですよ。アスペルガーの特性がうまく働いている可能性もあります。自分がそうだったとか、うちの子がそうだとかいう方は、コミュニケーション能力がどうかをよく考えてみてください。私は明らかにコミュニケーション能力問題有でしたから。ただ、自分で完結するタイプだったので、「いい子」と思われる事も多かったですが、必ず「変わっているけど」が頭につきます。

でも不思議なことに、成績が良いと、周りは「変な子」から「頭のいい子」という認識に変わります。浮いてはいましたが、変にいじられる事は少なくなりました。いじめがゼロになったわけではないですけどね。

「頭がいい子」という周りの認識のせいで、中学校の間は、色々と問題を抱えることになるのですが、その話はまた今度。


※仕事が忙しくなり、久しぶりの更新です。ブログは辞めないですが、ぼちぼちのペースで更新していきます。たまに更新の間隔が長くなったら、仕事が忙しいのだと思ってください。