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アスペ妻と理系男子夫とのおかしな夫婦闘争

アスペルガー自身から見たアスペルガーとは

アスペルガーでも成長する3 「変」はいじめられるが友も呼ぶ①

アスペ妻

小学10のきっかけその3・・・小学5年生の頃、「変」だと社会(外の世界)で通常どういう反応をされるかが分かってきました。

「変」とは「普通」じゃないこと。それは、苺ちゃんが教えてくれたので理解していました。しかし、「普通」が分からないので、「変」とは実際にどういうことなのかが分かってませんでした。

ただ、徐々に分かったのは、「変」な子はいじめの対象になりやすい、ということです。

小学5年生以前も、今思えば小さないじめはありました。例えば、靴がゴミ箱に入っているとか。でも、杏ちゃんや苺ちゃんも同様に小さないじめにあっていたので、あまり気になりませんでした。当時の私は、杏ちゃんと苺ちゃん以外あまり興味も無かった上、この二人が私の防波堤になってくれていたのかもしれません。杏ちゃんは、「こんなバカなことをして喜んでいる人の気持ちが分からない」と、小学3、4年生にしては大人びていている子供でしたし。

小学5年生になって、私は杏ちゃんと苺ちゃんと別々のクラスになります。後で当時の担任の先生が、私達3人は3人だけの世界を作っていたので、あえて引き離したと話してくれました。

それがいい結果になったのかどうかは、本当のところ未だに分かりません。私は、外の世界で一人となり、「いじめ」と「偏見」に対して孤軍奮闘する必要がありました。大人の世界でもそうですが、「出る杭は打たれる」です。飛び出ている訳ではないにしても普通とは別の方向に出ている杭の私は、恰好の的でした。

机にいたずら書きされる。
グループを作る時、どこのグループも私を入れたがらない。
私が触ったものは「汚い」ので、触りたくないと大声で言われる。

他にも色々あった気がしますが、忘れてしまいました。今思うと、結構ないじめをだったと思います。ただ、物事を理解するのに時間がかかる私は、当時はいじめられていたとはあまり思っていませんでした。それは、外の世界のコミュニケーションの一つなのだろうと理解していのです。しかし、やはり少しは嫌だなと思うこともありました。

そして徐々に、そういうコミュニケーションをされるのは私以外あまりいないことにさすがに気付きます。同じクラスの子達の多くから、私は「変」「変」とからかわれていたので、「変」だからみんなそういうコミュニケーションを取るんだ、ということは分かってきました。

でも私は、「普通」に生活しているだけでした。何で皆が自分を「普通」じゃないと言っているのか、本当に分かりませんでした。杏ちゃんは、「普通」ではなく「変」であるべき、と本気で思っていましたが、当時の私は「変」になろうと思っていませんでした。だって、「変」が何かもよく分からなかったのですから。

ただ、私は悪いことはしていない自信はありました。つまり、「変」は悪いことではないのです。悪いことをしているわけではないのだから、気にする必要はない、と自分の中の結論になりました。ここら辺が自己肯定感が高いところなんでしょうね。

杏ちゃん達と別れて、周りの反応が直撃し、戸惑いはしましたが、あまり気にしていないといじめない友達もできるようになりました。そして、もう一人の親友と呼べる友達(これ以後梅ちゃん)と出会います。なんで仲良くなったのかあまり覚えていませんが、何となく遊ぶようになり、いつの間にかいつも遊ぶようになっていました。

梅ちゃんは、私や杏ちゃんとは別の意味でとっても変わっている子です。「普通」である自分がとても嫌いな子だったのです。

続きは、また明日。